2006年07月29日

マージャンの歴史


1850年代、上海近辺で、馬弔(マーチャオ。馬将(マーチャン)とも
呼ばれた伝統的な紙札遊戯)と天九牌(骨牌遊戯の一種)から生まれた
遊戯といわれている。

創始者は陳魚門(チンイイメン)といわれるが、定かではない。
なお、現在の中国語においては麻雀のことを一般に「麻将」(マーチャンmajiang)
という(「麻雀」(マーチュエmaque)は中国ではスズメを意味する)。

日本には明治末期に伝わり、大正中期以降、ルール面において独自の変化を
遂げつつ各地に広まっていった
(現在では中国ルールによる麻雀を中国麻雀と呼び、
日本における一般的な麻雀と区別している)。

日本において麻雀の普及に貢献した人物は、戦前においては作家の菊池寛、
戦後においては色川武大(阿佐田哲也)とされる。

日本においては現在、家庭や麻雀店(雀荘)で遊ばれるほか、コンピュータゲーム
オンラインゲームでも定番のゲームとして人気がある。

昭和期における麻雀ブームの時期と比較すると、雀荘の数は減少傾向となり、
麻雀専門誌の数も減少し、人気にかげりが出ていることは否めないが、
上述のようにコンピュータとの対戦や、ネットワークを通じた不特定の相手との
対戦が可能になったことで形を変えた人気を保っている。

麻雀に於けるコンピュータゲームの普及は昭和50年代半ば頃から。
対戦相手のコンピュータの画像を女性をモチーフとし、プレイヤーが勝つ毎に
その女性の衣服を脱がせるというコンセプトが大当たりした。

年代と共にグラフィックも綺麗になり、動画になり、実写画像になりと性能も
エロさもアップ。
ゲームセンターでは麻雀ゲーム=エロゲームの代名詞でもあった。
時には平行して、裏ではポーカーゲーム同様、賭博筐体としても暗躍し
『一発勝負のポーカーとコツコツ遊べる麻雀』という図式で流行したが、
賭博喫茶の取り締まりも最近は厳しく存在自体が厳しい。




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posted by 麻雀競技 at 19:32| 麻雀の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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